- 1. 食品業界のM&Aを取り巻く基本的環境
- 2. 食品業界M&Aの主要な動機・目的
- 3. 最近の国内M&A動向:事業ポートフォリオ再編の加速
- 4. 合併・買収による規模拡大と企業間の相乗効果
- 5. 具体的事例と分析:事業譲渡から海外展開強化まで
- 5.1 三井物産:機能性食品素材メーカーをファンドへ譲渡
- 5.2 オーウイル:子会社のアイスクリーム製造事業を譲渡
- 5.3 ナック:フランチャイズ加盟店の子会社化
- 5.4 ウェルディッシュ:化粧品・健康食品開発企業の買収
- 5.5 科研製薬:米国医薬品開発企業の買収
- 5.6 ヨシムラ・フード・ホールディングス:春巻き皮メーカーや水産品企業を相次いで買収
- 5.7 ホシザキ:ベトナムの産業用冷蔵・食品加工設備メーカー買収
- 5.8 オーイズミ:日本酒メーカー「妙高酒造」を譲渡
- 5.9 TOPPANホールディングス:米包装大手SONOCOから軟包装・熱成形容器事業を取得
- 5.10 yutori:化粧品ブランド「minum」事業を取得
- 5.11 日本ハム:米国鶏肉加工事業の買収
- 5.12 クスリのアオキホールディングス:食品スーパーの積極買収
- 5.13 KPPグループホールディングス:海外包装事業の取得
- 5.14 ハークスレイ:中華総菜製造企業の子会社化
- 5.15 その他の選択と集中事例
- 6. 海外企業の買収動向:アジア・欧米展開とサステナブル戦略
- 7. 事業承継とファンドの役割
- 8. 食品企業における異業種参入や機能獲得の事例
- 9. 買収後の統合ポイントと課題
- 10. まとめと展望:食品産業の未来像
1. 食品業界のM&Aを取り巻く基本的環境
人口減少や高齢化、人手不足、さらにはコロナ禍による生活様式の変化、原材料価格や輸送費、燃料コストの上昇、円安・円高といった為替リスクなど、食品業界は多様な課題に直面しています。一方で、消費者の健康意識や環境配慮意識の高まり、外食から中食(惣菜)・内食へのシフト、新興国での消費市場拡大といったプラス要因もあり、需要構造はめまぐるしく変化しています。
こうした中、企業が単独での成長を目指すだけでは、変化に迅速に対応できない場面も増えています。そのため、M&Aを通じたノウハウや販売ルート、研究開発力、規模拡大やコスト削減など、さまざまなシナジーを獲得する戦略が有効になっています。
2. 食品業界M&Aの主要な動機・目的
食品業界においては、M&Aの動機がいくつか挙げられます。以下は主な目的とされる例です。
- 事業ポートフォリオの再構築
- 既存事業が成熟または競争激化により採算悪化→収益性の高い事業や将来性ある事業へ集中。
- 例)大手商社が保有する機能性素材企業を売却し、別の重点分野に注力。
- 規模拡大とシェア獲得
- 業界再編によるシェア向上、流通や仕入れ面でのコストダウン、原材料の安定調達。
- 例)食品スーパー同士の統合で地域ドミナント強化。
- 海外展開の加速
- 新興国の成長市場に参入し、現地企業を買収。
- 例)日本のメーカーが欧米・アジアの食品企業を取得して現地販売網を獲得。
- 多角化と機能獲得
- 異なる業態へ参入しシナジーを得る(外食と食材卸・中食など)。
- 例)ドラッグストアが食品スーパーを買収、あるいは飲料メーカーが健康食品企業を買収。
- 事業承継目的
- 地域の老舗食品メーカー・卸売企業が後継者不在でファンドや他企業に株式譲渡。
3. 最近の国内M&A動向:事業ポートフォリオ再編の加速
近年発表される食品関連のM&Aには、従来から見られた「規模の拡大」を目的とするものに加え、**「事業ポートフォリオの整理・再構築」**という視点が一段と強くなっています。たとえば、三井物産が機能性食品素材メーカーをファンドへ譲渡したり、オーウイルが子会社のアイスクリーム製造事業を食品企業に手放すといった事例です。
新型コロナウイルス感染症が拡大した2020年代に入り、外食・中食の需要変動、リモートワークの普及、人手不足の深刻化など、業界を取り巻く環境は以前とは大きく異なっています。そのため、食品企業各社は経営資源の集中・選択を急速に進め、さらなる成長の足掛かりとしてM&Aを活用する流れが加速しています。
4. 合併・買収による規模拡大と企業間の相乗効果
大手食品スーパーやドラッグストアチェーンが同業または近隣業態を買収する事例が増えているのも特徴的です。とりわけ、ドラッグストアによる食品スーパー買収が目立ちます。クスリのアオキホールディングスなどは、短期間のうちに相次いで地域の食品スーパーを買収し、生鮮品を取り扱う「メガドラッグストア」の形態を拡張しています。食品・日用品・医薬品という“生活必需”の総合化を進めることで、集客と利便性を高め、競合他社との差別化を狙う動きです。
同様に、ヨシムラ・フード・ホールディングスによる中小食品企業の“連続的買収”もまた注目されます。同社は水産加工、総菜製造、菓子・パン製造など多彩な分野の中小企業をグループに取り込み、それらの販路や経営資源を共有し、グループ全体の成長を目指す手法をとっています。このように、異なる事業領域や地域に“次々と”参入し、買収後のシナジー創出を目指す「プラットフォーム型M&A」は食品業界でも一定の成功事例を積み重ねています。
一方、海外企業を取り込む動きも引き続き盛んです。ホシザキがベトナムの産業用冷蔵・食品加工設備メーカーを買収したり、TOPPANホールディングスが米包装大手から事業を取得、クラレが欧州の鉱産系事業を手放すなど、「国際競争力の強化」や「海外での環境・労務リスク回避」に基づいた売買が続いています。
5. 具体的事例と分析:事業譲渡から海外展開強化まで
ここからは、2019年~2025年頃に公表された国内企業の食品関連M&A事例を、より詳しく俯瞰してみます。
5.1 三井物産:機能性食品素材メーカーをファンドへ譲渡
- 事例概要
- 2025年1月15日、三井物産が完全子会社の物産フードサイエンス(愛知県知多市)をポラリス・キャピタル・グループ傘下PTCJ-7ホールディングスに譲渡すると発表。
- 糖アルコールなどの機能性食品素材を中心に、医薬品素材・化学品素材も製造販売。
- 三井物産はグローバル大手商社として多角的に事業を展開するが、近年は事業ポートフォリオを見直し、新たな重点分野に資源を割く方針。
- 狙い・分析
- 機能性食品素材は安定市場だが、大手商社の三井物産にとっては相対的に優先度が下がる可能性。ファンド譲渡で成長のための投資を受け、物産フードサイエンスは独立したビジネスを加速できるメリットがある。
- 三井物産自身も、別途アセスルファムカリウムを扱う海外企業買収など“世界的シェア拡大”へ動いており、ポラリスへの譲渡は投資ポートフォリオを再整理する一環といえる。
5.2 オーウイル:子会社のアイスクリーム製造事業を譲渡
- 事例概要
- 2025年1月14日、食品原材料の輸出入などを手がけるオーウイルが、子会社のサンオーネスト(静岡県沼津市)を1億7500万円で三幸食品に売却すると発表。
- サンオーネストはアイスクリーム等デザート製造が主力。オーウイルが2010年に買収していたが、思うように事業シナジーを発揮できず、資源集中を図るため売却に踏み切った。
- 狙い・分析
- 「サンオーネストはデザート分野で一定の実績を持つ一方、事業規模を拡大するためには同業界で販路を持つ三幸食品との連携が好ましい」と判断。
- オーウイルは業務用原材料卸が主力であり、アイス製造という“最終製品分野”での成長を模索していたが、ポートフォリオ改革を優先した。
5.3 ナック:フランチャイズ加盟店の子会社化
- 事例概要
- 2024年12月27日にナックが宅配水「クリクラ」の主要FC加盟店コンビボックス(福島県天栄村)を子会社化。
- 宅配水を中心とするビジネス強化を図る狙い。
- 狙い・分析
- ナックはクリクラ事業を全国フランチャイズで展開してきたが、成長のカギとなる加盟店を直接傘下に収めることで、収益の安定化とサービス統一を目指す。
- フランチャイズ本部による加盟店買収は業界内で珍しくない動き。
5.4 ウェルディッシュ:化粧品・健康食品開発企業の買収
- 事例概要
- ウェルディッシュ(旧石垣食品)が2024年12月26日、化粧品・健康食品を開発・販売するハーバーリンクスホールディングスを子会社化。
- 化粧品・健康食品領域を新たな成長分野として位置づけており、すでに名古屋のメディアート買収など複数のM&Aを進めている。
- 狙い・分析
- 飲料・食品企業が美容・ヘルスケア領域へ本格参入するケース。低迷する既存の食品事業からの脱却・新収益源の確立を狙う。
- 同社は「サラフェイス」等のコスメをEC販売し、D2Cモデルに強みをもつ企業とのシナジーに期待。
5.5 科研製薬:米国医薬品開発企業の買収
- 事例概要
- 2024年12月20日、科研製薬がAadi Bioscienceのグループ企業を子会社化。希少疾病用医薬品「FYARRO」事業を取得。
- 取得価額は156億円。米国での事業基盤強化が目的。
- 狙い・分析
- 一見すると「食品業界」とは異なるが、医薬・ヘルスケア全体の枠組みで見ると、健康食品・機能性素材などと重なる市場領域に近い。
- 日本企業が北米で希少疾患系の専門薬を取得し、市場シェアを広げる事例。成長性の高い医療分野に経営資源を集中。
5.6 ヨシムラ・フード・ホールディングス:春巻き皮メーカーや水産品企業を相次いで買収
- 事例概要
- 2024年12月19日、春巻き皮など中華料理用材料製造の富強食品を子会社化。
- 同日付で水産関連事業(ホタテ加工、水産品製造など)を買収する例も発表。ヨシムラ・フードはこの数年で30社近い中小食品企業を取り込む。
- 狙い・分析
- ヨシムラ・フードのM&A戦略は「中小食品メーカーの事業承継・成長支援」型プラットフォーム形成。
- 各社が持つ販路、調達力、ノウハウを相互共有し、規模と品目の多角化で成長を狙う好例。
- 春巻き皮メーカーの富強食品は高級中華料理店・ホテル・高級スーパーへの強固な販路を有する。安定的業績が期待される。
5.7 ホシザキ:ベトナムの産業用冷蔵・食品加工設備メーカー買収
- 事例概要
- 2024年12月19日、ベトナムARICOを子会社化。売上高18億円程度、営業利益約6270万円。
- 成長著しい東南アジア市場での冷蔵設備製造基盤を確保し、自社ブランド製品の生産拠点を開設する計画。
- 狙い・分析
- ホシザキは業務用厨房機器トップ級企業。日本国内市場が飽和する中、海外展開は不可欠。
- ベトナムに拠点を持つことで、タイやインドネシアなど近隣国への輸出・展開も期待。
5.8 オーイズミ:日本酒メーカー「妙高酒造」を譲渡
- 事例概要
- 2024年12月19日、オーイズミが傘下の妙高酒造をコンサル企業のTACTホールディングスに譲渡。
- オーイズミは多角化企業で、日本酒メーカーを2009年から傘下に収めていたが食品事業再編の一環で売却。
- 狙い・分析
- 日本酒市場は海外での需要伸長があるものの国内市場縮小で競争激化。妙高酒造は老舗かつ地域ブランド力があるため、コンサル企業による活性化に期待。
- オーイズミはパチスロ関連機器が主力。別領域の酒造事業では十分な相乗効果を得られず、選択と集中を優先。
5.9 TOPPANホールディングス:米包装大手SONOCOから軟包装・熱成形容器事業を取得
- 事例概要
- 2024年12月19日、TOPPANが米SONOCO子会社5社(米、ブラジル、カナダ、インド拠点)を約2710億円で買収。
- 環境対応型パッケージ材の海外展開を強化する狙い。
- 狙い・分析
- 近年、プラスチック削減などサステナブル包装への要求が高まる。
- TOPPANは従来印刷・包装技術で国内トップクラスだが、海外市場拡大に向けて軟包装などの分野でグローバル競争力を一気に強化。
5.10 yutori:化粧品ブランド「minum」事業を取得
- 事例概要
- 2024年12月13日、yutoriは健康食品・化粧品関連のi.Dからブランドを取得。
- 共同プロデュースからブランド運営主体の地位へ移行することで拡販を加速。
- 狙い・分析
- アパレル業界やECビジネスの中で、化粧品やサプリといった別業態への取り込みが増加。
- yutoriは若年層向けライフスタイル提案企業。自社ブランドを保有し、流通を支配することが事業安定につながる。
5.11 日本ハム:米国鶏肉加工事業の買収
- 事例概要
- 2024年12月11日、米LJD Holdingsグループを買収(売上高94億円)。
- 米国市場での製造拠点確保と冷凍食品需要に対応。
- 狙い・分析
- 日本市場は鶏肉消費こそ根強いが成熟気味。海外売上比率を高める狙い。
- 米国での買収事例は、輸入原料の安定確保や現地販売拡大に直結。
5.12 クスリのアオキホールディングス:食品スーパーの積極買収
- 事例概要
- 2024年12月、食品スーパー「ハッピーテラダ」や「スーパーヨシムラ」などを相次いで買収。さらに東北~関東で展開する「伏見屋グループ」から46店舗を取得。
- 同社は2022年以降、石川県を拠点とするドラッグストアとして、食品スーパー事業に高い戦略価値を見いだしており、合併・買収を通じて“医食一体”型店舗網の拡充を急ぐ。
- 狙い・分析
- 医薬品+食品販売で利便性を高め、来店頻度を上げる。
- コロナ禍以降、ドラッグストアは食品領域を急拡大。総合小売化する戦略は他のドラッグチェーン(マツキヨココカラ&カンパニーなど)でも増えている。
5.13 KPPグループホールディングス:海外包装事業の取得
- 事例概要
- 2024年11月22日、ニュージーランドやカナダ、インドなどで包装材コンバーティング事業を買収。
- KPPは紙・パルプだけでなく包装材分野でもグローバル展開を強化。食品包装の需要拡大を見据える。
- 狙い・分析
- サステナブル包装やフィルム加工の成長市場に対応。食品業界に直結する需要を狙う。
- 国際M&Aで一気に規模拡大を図り、多拠点の顧客基盤を作る例。
5.14 ハークスレイ:中華総菜製造企業の子会社化
- 事例概要
- 2024年11月13日、ハークスレイがホソヤコーポレーション(千葉県佐倉市)を買収。ギョーザ、シューマイなど中華総菜で強みを持つ。
- 中食・総菜市場拡大に向けて大手スーパーやコンビニへの供給を強化。
- 狙い・分析
- ハークスレイは持ち帰り弁当・総菜を展開。「ほっかほっか亭」などで知られるが、近年は他社との連携により総菜領域拡大を志向。
- 中華総菜は国内需要に加え、海外でも人気があるため、将来の輸出展開にも期待がかかる。
5.15 その他の選択と集中事例
- オーイズミ(2024年12月19日):傘下の妙高酒造をコンサル会社へ譲渡。
- TOPPAN(2024年12月19日):米包装大手から事業買収。
- アオキスーパー(2024年1月5日):MBO(経営陣買収)で上場廃止へ→“長期戦略に専念”。
- サントリー食品インターナショナル:清涼飲料事業の再編(海外拠点の譲渡や買収)。
- ユーグレナ(化粧品や健康食品のEC企業買収、子会社化):ヘルスケア領域でプラットフォーム強化。
- 日本ハム、水産事業(マリンフーズ)を双日へ譲渡:主力である畜肉事業へ集中。
- ニップン<2001>の冷凍食品拡大戦略:畑中食品の買収。60億円投資で子会社化。
これらの事例からもわかるように、どの企業も自社の強みを再確認し、不要・不採算事業やシナジーの得られにくい領域を切り離す一方、成長領域でのシェア獲得や海外展開を加速するケースが顕著です。
6. 海外企業の買収動向:アジア・欧米展開とサステナブル戦略
日本企業による海外企業の買収は以前から盛んでしたが、2020年代以降、その動機として**「サステナビリティ」や「環境対応」**がさらに注目されています。たとえば、TOPPANホールディングスのようにプラスチック包装材のリサイクル技術を組み合わせるために海外技術を取り込んだり、ヨシムラ・フード・ホールディングスがインドシナ地域で水産品や惣菜製造を取得し、近隣諸国へ輸出展開を狙う例などが増えています。
アジア市場は人口が増加し生活水準が向上する一方、環境負荷低減や食品安全など課題が山積する地域でもあるため、日本企業が「食品加工」「冷凍・冷蔵技術」「物流効率化」を武器に参入する事例が多く見られます。
また、米国・欧州では健康志向やオーガニック、フェアトレードなど消費者意識が定着しており、機能性食品やミールキット、植物性代替肉・代替乳製品といった新分野が急伸。日本企業が欧米企業を買収して現地販売拠点を確保する動きも続きます。上記の例ではサントリー食品インターナショナルが北米飲料企業買収、大塚ホールディングスが北欧企業買収などが典型です。
7. 事業承継とファンドの役割
中小食品企業の多くは、事業承継を契機としたM&Aに踏み切る例が後を絶ちません。地域で名の知れた老舗企業でも、後継者不在や設備投資の負担などが原因で成長が滞ることがあります。このとき、ファンド(投資会社)や大手企業への売却を通じて事業継続が図られるケースが増えています。
具体的には、「三井物産が機能性食品素材子会社をファンドへ譲渡し、ファンドが積極投資を行う」事例や、「ヨシムラ・フード・ホールディングスが地場食品メーカーを買収し、経営ノウハウや販路を拡大する」動きが典型です。ファンド側は成長余地のある中堅・中小企業に経営基盤の強化策を施し、一定期間後に別の戦略的パートナーへ売却することも多く、食品業界でもファンドの存在感が一段と高まっています。
8. 食品企業における異業種参入や機能獲得の事例
近年、食品業界のM&Aでは「異業種×食品」という組み合わせが増えています。
- ドラッグストアと食品スーパー
- クスリのアオキが相次いで地方スーパーを買収し、“調剤+食品”の利便性を強化。
- 化粧品・健康食品企業
- ウェルディッシュ(旧石垣食品)が化粧品メーカーを買収。食品・化粧品・健康美容といった複合的事業を築く。
- 商社が食品加工を買収
- 日鉄物産や住友商事など、大手商社が食品製造・水産加工に出資し、サプライチェーン上流から下流までを網羅。
背景には、消費者ニーズが多岐にわたることに加え、少子高齢化・生活様式変化への対応があると言えます。一括で食品・健康・日用品・医薬品などを手に入れられる総合店の強化や、顧客の健康管理をトータルに支援するサービスなどが注目され、異業種参入が促進されているのです。
9. 買収後の統合ポイントと課題
M&Aで大きな期待が寄せられる一方、**買収後の統合(PMI:Post Merger Integration)**をどう進めるかが成否を大きく左右します。食品業界では製造ノウハウや原料調達先、流通網、人材など「買収企業ごとの独自資産」の集約が重要になります。
たとえばスーパーやドラッグストアの合併では、基幹システムの統合・店舗オペレーション標準化、仕入れの一本化などに時間と費用がかかるケースが多いです。総菜や冷凍食品の製造事業を買収する際には、品質管理基準や工場ラインの規格が買収元と買収先で異なる場合があり、食品衛生管理(HACCPなど)や物流管理を統合するために大きな労力を要します。
さらに人材面でも、経営方針や企業文化の違いから従業員のモチベーションを損ねるおそれがあるため、丁寧なコミュニケーションが欠かせません。M&Aの一番の目的であるシナジーを発揮するには、ITシステム・物流・生産・営業といった機能ごとの現場レベルまで具体的な施策を計画的に実行していく必要があります。
10. まとめと展望:食品産業の未来像
食は生活の基盤であり、景気や流行、国際情勢に左右されやすい一方、確実に人々の消費を支え続ける“底堅い”市場でもあります。昨今の食品業界M&Aでは「事業ポートフォリオの再編」「国内外でのシェア拡大・拠点確保」「事業承継」「健康・サステナブル志向対応」など、多種多様な動機が複合的に作用しています。
なかでも、ドラッグストアと食品スーパーの連携や、水産加工・惣菜・中食など即戦力が期待される企業の買収、海外企業の買収を通じたグローバル展開が一段と進んできました。今後も少子高齢化・労働力不足への対応、新技術(IoT、AI、ロボティクス)導入、原材料コストや物流コストの高騰への対策、環境・衛生規制強化など、多くの課題に直面することでしょう。
こうした激動の環境下において、M&Aは単なる規模拡大手段にとどまらず、経営戦略を根底から再定義する最も有力な手段として位置づけられます。食品産業におけるM&Aは今後も多様化しながら進展し、新たな事業モデルや企業連携の形を創り出していくでしょう。その一方で、企業にとってはポートフォリオ再構築のみならず、PMIの成果により“食の安全・品質”がさらに高まり、新たなイノベーションと持続的成長をもたらすチャンスでもあるのです。
今後、先進国市場ではスーパーやドラッグ、ECや宅配など多チャネル化がより進む見込みで、経営の効率性やサステナビリティを高める企業が生き残ると考えられます。そして、海外新興国市場では品質面・食品安全面で日系企業に対する期待が高いため、一段と積極的なM&Aが行われる可能性があります。企業としては、こうした動向を踏まえつつ、自社の強みを活かせる領域へ的確に投資し、長期的な競争優位を確立していくことが不可欠と言えます。